受賞作品展⽰ 作⽂部⾨
令和6年度(第61回)受賞作品

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文部科学大臣賞(高学年の部)

ありがとう、さようなら

福井県 福井大学教育学部附属義務教育学校 6年

野坂 莉里

 六月二十二日0時五十分、私の祖父が亡くなった。その時、私は夜空をながめながら本を読んでいた。その日は晴れていて、とても大きな満月が輝く夜だった。
 私の携帯が鳴った時は、母からの「早く寝なさい」という催促の電話だと思ったから、「面倒臭いなあ」と思いつつ出てみた。
すると、聞こえてきたのは母の声ではなく、祖母の声だった。
莉里?莉里は起きていたんだね。理由はあとで言うから、お母さん起こしてくれる?」ずいぶん切っ羽詰まったようなその声は今でも耳に残っている。こんな時間にかかってきた電話にただごとではない雰囲気を察した私は、すぐに母を起こしに行った。母はすぐに起きて、状況を説明すると、携帯を確認して、祖母と電話をしているみたいだった。するとみるみるうちに顔色が変わって、父を起こしに行った。
「どうしたの?」
と問いかけると、
「じいじの心臓が止まったって。」
とふるえる声でつぶやいた。そして、
「ちょっと病院行ってくるから寝て待っててね。妹達のこと、よろしくね。」
と二人で飛び出していった。私は状況が飲みこめず、ただ言われるがままにベッドに横になってみた。
 それでも全然眠ることが出来ず、逆に目が冴えてくる。「心臓が止まった」というのはどういう事なのか、入院している祖父は死んでしまったということなのか、それともまだ何らかの処置をすれば、また心臓は動き出すのか、それすらも冷静でない私は、理解できず、考えても考えても答えは出なかった。両親のいない時間はそれは長く長く感じた。
 朝方母が家に戻って来た時、
「じいじ大丈夫だった?」
とおそるおそる尋ねると、母は涙を流しながら首を横にふった。
 次の日、病院から家に戻った祖父の遺体を見て、祖父はもう帰ってこないのだと悟った。けれどもまだ亡くなったという実感がなくて、悲しいという感情は沸いてこなかった。ただ祖父の最期に立ち会うことができなかったことが悔やしかった。小さい頃からたくさん遊んでくれたのに。ついこの間一緒にうなぎを食べに行ったのに。私の小さい頃の話もたくさん聞かせてもらったのに。まだ一緒に行きたい所があったのに。
 もっと入院する前に会いに行っていれば良かった。もっと気にかけていればよかった、何を思い出しても後悔ばかりした。
 周りのみんなは、病院には子供が入れなかったから、会いに行けなかったのは仕方がないよ、と言ってくれたけれど、それでも後悔しかなかった。
 お通夜や告別式では、たくさんの父の友人や、私の顔見知りの人も参列してくれた。
「お悔やみ申し上げます。」
とも言われたけれど、まだ実感も沸いていなかったから、「はあ」と目を合わせることも出来ないまま、あいまいな答えしか出来なかった。
 お通夜や告別式で聞く話は、私の知らない祖父の話ばかりで、とても不思議な感覚だった。私の知っている祖父はほんの一部で、若い頃の写真を見ると、いつも活き活きと楽しそうな祖父の姿がそこにある。生きているうちに一緒にその写真を見ながら話を聞きたかった。また後悔の念が沸き上がってきた。
 告別式が終わると、火葬場に移動した。そこで祖母は、
「この人の生きていた頃の写真を見ると涙が出てくるけど、死に顔を見ても悲しくならない。」
と言っていた。私は、それを聞いてどこかしっくりきた。もしかすると私は「生きている祖父」と「死体になった祖父」を区別しているのではないか。だから泣けないのではないか。生きていて、一緒に笑っていた祖父と、もう話す事も、動くことも出来なくなった祖父。その二つを重ねられないのではないか。そう思うと幾分か心が軽くなった。まるで様子が変わってしまった祖父。それを重ねることが出来ないのは、普通ではないか。そう考えたからだ。
 火葬場で父が少しだけ涙ぐんでいるのが見えた。初めて見た父の涙に少し動揺し、私もつられて少し涙が流れて来た。
 骨だけになってしまった姿を見て祖父が亡くなったという実感がまた少し沸いてきた。
 お葬式が終わると、四十九日までは親せき全員で会うことがほぼないと聞かされた。すると心配になってくるのは、祖母だ。祖父が亡くなって一番ショックだったのは祖母だろうし、葬儀場でも職員さんに背中をさすられているのを何度も見た。大丈夫かな、と思いながらもその場をはなれた。
 次の日は、学校があっていつもと変わらない日常を過ごした。今このしゅんかんにも人が死んでいるかもしれないのに、「当たり前」に時が流れているのを不思議に思った。
 お葬式が終わってからじょじょに日常に戻っていく生活と新しい生活があった。私達家族は祖母がさびしくならないように、今までよりひんぱんに会いに行ったり一緒に出かけたりした。祖父の入院生活や介護で今まで自由に動けなかった祖母が少しずつ心の整理をして、外に出られるようになった。
 私は、祖父が亡くなった時に感じた後悔をもう二度としたくないと強く思っていたから、祖母には祖父の分まで後悔しないように行動に移そうと心に決めたのだ。
 お盆には家族でお墓参りに行った。墓石に今まではなかった祖父の名前が刻まれていて、また心がしめつけられるような思いだった。この前までとなりで笑っていた祖父がこのお墓の下で眠っていると思うとまた不思議な気分になったが、今までよりも心をこめてお参りが出来るような気がした。
 空を見上げるとあの日と同じ満月が輝いていた。私はこれから満月を見る度あの日を思い出すであろう。
 満月になった大切なじいじへ
「ありがとう、さようなら。」

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審査員のコメント

 祖父の死の一報を受け取った日からお盆のお墓参りの日まで、その時々で感じる祖父との距離と死に対する受け止めについて、冷静で淡々とした表現をすることで、祖父に対する思いが少しずつ高まっていったことや、一人残された祖母に対して優しく寄り添っていこうとする莉理さんのやさしさまでもが、逆にしっかりと胸に届きます。作文のテーマとして、人が死ぬということに対してどのように気持ちを整理していっていいのか分からず、あえて祖父の死を客観的に受け止め考察することでしっかりと向き合い、自分なりの死の受け止め方についてつづった立派な作品となりました。
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受賞者の言葉

準備中。